要 旨:世界第二次大戦争後、侍は日本サムライの映画の風潮に乗り、世界の舞台に登場し、黒澤明の『七人の侍』などを主に、数え切れないほどの人に影響を与え、日本から遠く離れているアメリカ人もそれに夢中になった。
アメリカ人監督のエドワード・ズウィックは17歳の時『七人の侍』を見た後で、日本の歴史と侍に夢中になった。更に、『ラストサムライ』という侍をめぐって映画を監督した。しかし、明治以前、アメリカ人は侍に今日のように憧憬の目では見ておらず、かえって珍奇な動物のように見たのである。
現在、日本以外でも侍に夢中になる人は大勢いる。海外でも直接侍を主題とした映画や侍を作中の一つの要素として取り入れた映画が作られた。『ラストサムライ』は日本以外で広まったそれ以前の武士道観を正す役目を果たしたが、エドワード自身も侍を一種のヒーローとしてしか表現しておらず、黒澤の「社会構成員としての侍」という武士道観と比べると、遙かに浅かった。
キーワード:黒澤明;エドワード・ズウィック;武士道
摘 要:从第二次世界大战之后,日本武士随着日本武士电影的热潮登上了世界的舞台。而其中以黑泽明的《七武士》为首等武士电影更是影响了一代又一代的人,即使与日本文化没有交集的美国也为之疯狂。
美国导演爱德华·兹维克曾在小时候看《七武士》而深深喜爱上日本历史以及武士文化,更是拍摄日本武士的好莱坞大片《最后的武士》的导演。然而在明治时期以前,日本武士并没有让太平洋对岸的美国着迷,而是像看珍惜动物似地被看待、被嘲笑的对象。
现今,在日本之外,无论是美国或是其他国家,都有相当一大部分的人热衷于日本武士,其中更有导演将其拍成电影或者在电影中加入武士元素。《最后的武士》让人们正确认识到了在世界广为流传之前的武士道观。而爱德华根据自己的见解表现出了武士只是英雄的一种。将之与黑泽明的“作为社会一员的武士”相比,就显得过于浅薄了。
关键词:黑泽明;爱德华·兹维克;武士道