要旨
周知のように、芥川龍之介はキリスト教と切っても切れない関係を持っている。芥川は明治後期から大正期への反自然主義の思潮のもとに、西洋文化からの影響を大いに受けた。彼の「切支丹物」は東西文化の接触・融和の典型的な例である。「切支丹物」は芥川文学上重要な地位を占めている。そして、『奉教人の死』と『西方の人』は芥川の「切支丹物」の中の二つの名作だと言われる。『奉教人の死』の中、教会で育てられた孤児「ろおれんぞ」は傘張りの娘を孕ませたと咎められ、教会を追い出されるのだが、最後、猛火の中に奇跡的に、あの娘の赤ん坊を救い出して、自分を牺牲した。作品は殉職者のろおれんぞの死と奇蹟を美しく描き出した。『西方の人』は晩年の芥川はキリスト教についての態度を表現した。本論文は『奉教人の死』と『西方の人』を中心にキリスト教に対する芥川前後の態度の変化及びその変化を生じる原因を探求してみたい。
本論文は七つの部分から構成されている。第一部分は先行研究及び手段と目的について紹介する。第二部分は「新思潮派」及び芥川龍之介の作品の概観について紹介する。第三部分は『奉教人の死』の創作背景と粗筋について簡単に紹介する。それから、原典との比較して異同から見るこの時期に芥川龍之介のキリスト教思想を具体的に分析する。第四部分は、『西方の人』の創作背景と粗筋について簡単に紹介する。それから、『聖書』との比較してこの時期に芥川龍之介のキリスト教思想を具体的に分析する。第五部分は二つの時期を比較する。第六部分は芥川龍之介は「キリスト教」に対する認識が変わる原因についてを分析する。第七部分は最後のまとめである。本論文は『奉教人の死』と『西方の人』を中心に、芥川龍之介のキリスト教思想を深く研究して芥川龍之介の内面世界がよくわかる。
キーワード:芥川龍之介、キリスト教、「切支丹物」、懐疑主義
目次
要旨
中文摘要
1.はじめに1
1.1 先行研究
1.2 研究手段と目的
2. 「新思潮派」と芥川龍之介の「切支丹物」の概観について.2
2.1 「新思潮派」について
2.2 芥川龍之介の「切支丹物」の概観について
3.『奉教人の死』から見る芥川龍之介の「キリスト教」に対する認識2
3.1『奉教人の死』の創作背景
3.2『奉教人の死』の粗筋
3.3原典との比較
3.3.1原典
3.3.2同じところ
3.3.3異なったところ
3.4異同から見るこの時期の芥川のキリスト教思想
4. 『西方の人』から見る芥川龍之介の「キリスト教」に対する認識.6
4.1『西方の人』の創作背景
4.2『西方の人』の粗筋
4.3『聖書』との比較
4.3.1『聖書』におけるイエスとマリア像
4.3.2『西方の人』におけるイエスキリストとマリア像
4.4比較から見るこの時期の芥川龍之介のキリスト教思想
5.二つの時期の比較.8
6.芥川龍之介の「キリスト教」に対する認識が変わる原因について.8
6.1家庭の不幸と初恋の失敗
6.2芥川の懐疑主義
6.3心身の苦しみ
6.4社会現実に対する失望
7.終わりに. 10
参考文献11
謝辞