はじめに
山部赤人は日本最古の和歌集『万葉集』の第三期の自然歌人である。彼は神亀から天平にかけて、宮廷の下級官吏として、行幸に供奉して歌を詠んでいたが、統計によると、『万葉集』に残された彼の作品は、長歌十三首とそれに伴う反歌二十首、及び短歌十七首(三六三歌の「或本歌曰」も含む)の計五十首である。(注1)
赤人の諸作品について、先人たちは既に様々な角度から論じられてきたが、本稿は主に赤人の五十首の作品の中から代表的な叙景歌を選び、「静と動」という角度から各作品を具体的に分析し、加えて、その裏に潜んだ歌人の思想にも少々触れたいと思う。「静と動」という角度からの研究と言えば、五味智英著「赤人の動」、亀山明生著「山部赤人の技法-象山の鳥声-」等の論文を挙げられる。先行研究では確かに「静」或いは「動」をキーワードとし、赤人の歌に対して細かい考察を行われはしたが、しかし、これらの考察は「静」と「動」の中の一方を重んじ、或いは聴覚で捉えたものに偏っているため、考察の深度を有している反面、総括的な視点に欠けていると思われる。本稿は以上のような先行研究に基づいて、赤人の叙景歌における「静と動」という二要素を巡って、比較的全面な考察を行ってみようと思う。
また、赤人の諸歌謡に関する分析、及び作者赤人自身の思想についての論述に基づいて、本稿の最後に赤人の叙景歌について発生学の視点から考察したいと思う。周知のとおり、大昔から文化交流が盛んに行われてきた中国と日本は古典文学においても緊密な関わりを持っている。『万葉集』の諸歌人がこの歴史の背景の下で中国文化の影響を受けたのは言うまでもないが、その反映の例として、山部赤人の叙景歌においても、中国の自然山水詩と共通する部分が所々に伺える。そこで、本稿は中国文学と関連して、赤人の叙景歌に関する発生学の考察を行ってみようと思う。